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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)64号 判決

一 特許庁における本件審査および抗告審判手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲の項の記載、本願発明の要旨、本件審決の理由の要旨についての請求原因一ないし三の項の事実は、当事者間に争いがない。

右争いのない事実ならびに原本の存在およびその成立に争いのない甲第一号証の一および同第三号証の一、二によれば、つぎの事実が認められる。すなわち、

(一) 本願発明の要旨は、カムプレートに、腹背部で編針を上下に誘導する主カム二個を八字状に配置し、その中間の上部に、一方の主カムの背部から他方の主カムの腹部へ編針を誘導する一個の補助カムを設け、各主カムの下部両側方には、常時は、カムプレートが一方向に摺動した場合に、一方は作用し他方は作用せず、その反対方向にカムプレートが摺動した場合には、前に作用した方が作用せず前に作用しなかつた方が作用するような二個の副カムをそれぞれ配置し、しかも、それらの副カムを必要に応じて編針に対し作用しない状態に保つことによつて、機械を空転せしめ、手または定規のごときものにて所要の編針を選択的に突き上げ、その編針のみを運動させて、所望の模様編みを編成させるようにした手編機におけるカムの構造にあることが明らかであるところ、右のカム構造により、ジヤカード装置等の複雑な機構によることなく、きわめて簡単な機構で、ジヤカード装置を用いた場合と同様に、種種の模様編みを編成しうるという効果を奏するものであること、

(二) 第一引用例である大正四年八月一〇日登録にかかる特許第二八一七五号明細書には、メリヤス編機のカムプレートに関する発明が記載されており、盤板(カムプレート)(1)に、八字状に、摩擦滑行面(8)、(8)をもつた二個のカムを取りつけ、これらのカムの中間の上部に、体機の左右回動に従い相進行さすべく補佐する補佐片(6)を揺動自在に軸着し、別紙第二の図に矢印にて示すとおり、編針を左から右へ、また、右から左へと誘導するようにしたものが示されていること、

(三) 第二引用例である昭和二五年実用新案出願公告第一〇五六三号公報(昭和二五年一二月一五日公告)には、横式メリヤス編成機のカムの構造が記載されており、その前方カム盤(カムプレートに同じ)(2)には、編針を上下させるニツテイングカム(4)、(5)、(6)とレイジングカム(7)、(8)とが取りつけられていて、レイジングカム(7)、(8)の下部外側方には、出没自在のレイジングカム(9)、(10)が設けられ、このカム(9)、(10)は、カム盤(2)の左右摺動に従い適宜に出没して交互に編針のバツトに作用したり作用しなかつたりするように装置されていて、通常は編針をニツテイングカムとレイジングカムとに作用させて編目を編成させるが、ジヤカード装置を使用して模様編みを編成させようとする場合には、カム(9)、(10)をカム盤(2)に没入させ、不作用の休止位置に保持しておき、所要の編針のみをジヤカード装置によつて選択的に突き上げ、その編針を運動させることによつて所望の模様編みを編成させうることが明らかにされていること。

二 本願発明と第一引用例および第二引用例に示された右公知事項とを対比し、本願発明は右両引用例から当業者の容易に想到しうるものであり発明を構成しないとした本件審決に、これを取り消すべき事由があるかどうかについて考察する。

第一引用例のものにおける八字状に設けられ摩擦滑行面(8)、(8)を有する二個のカムとその中間上部に設けられた揺動自在の補佐片(6)とは、それらの作用および効果の点からみて、それぞれ、本願発明における二個の主カムと補助カムとに相当し、また、第二引用例のものにおけるニツテイングカム(4)、(5)、(6)とレイジングカム(7)、(8)とを組み合わせたものおよび出没自在のカム(9)、(10)は、その作用および効果の点からみて、それぞれ、本願発明における主カムおよび副カムに相当するものと認めることができる。

したがつて、本願発明の要旨の前半、すなわち、カムプレートに、腹背部で編針を上下に誘導する主カム二個を八字状に配置し、その中間の上部に、一方の主カムの背部から他方の主カムの腹部へ編針を誘導する一個の補助カムを設けた点は、第一引用例のものと一致し、また、本願発明の要旨の後半、すなわち、各主カムの下部両側方には、常時は、カムプレートが一方向に摺動した場合に、一方は作用し他方は作用せず、その反対方向にカムプレートが摺動した場合には、前に作用した方が作用せず前に作用しなかつた方が作用するような二個の副カムをそれぞれ配置し、しかも、それらの副カムを必要に応じて編針に対し作用しない状態に保つことによつて、機械を空転せしめ、手または定規のごときもので、所要の編針を選択的に突き上げ、その編針のみを運動させて、所望の模様編みを編成させるようにした点は第二引用例のものと一致するということができる。もつとも、第二引用例のものにおいては、所要の編針を選択的に突き上げるためにジヤカード装置を用いているに対し、本願発明においては、これを手または定規のごときものによつて行なつているという差異があるが、本願発明のように手または定規のような補助具によつて所要の編針を選択的に突き上げて模様編みを編成することは、ジヤカード装置を用いて模様編みを編成する公知の第二引用例の技術に比し、技術的発想において、より原始的であり、したがつて、当然これに先行した技術であると認めるを相当とすることは、この種編成機械における技術の進歩発達の過程に徴し、きわめて明らかなところであるから、本願発明における第二引用例との右差異をもつて特段の技術的意義を有するものとすることはできない。

本願発明の主カムと補助カム、主カムと副カムの構造は、右のとおり、第一引用例および第二引用例に示された前示カムの構造と一致しており、この両引用例のものは、それぞれ本願発明におけると同一の作用効果を奏することが、前示認定に徴し明らかであるから、本願発明は、第一引用例および第二引用例に示された前示公知技術にもとづいて、当業者の必要に応じ容易に推考しうる程度のものと認めるのが相当である。

原告は、第一引用例に記載のものは、実施不可能なものであり、技術をあらわしたものとはいえず、このようなものを引用し本願発明を特許すべきでないとすることは、その理由を示したことにはならない、ことに、第一引用例のものは、その明細書および図面の記載に徴し、これが工業用円型機および平盤機に利用されるカムの構造を示すものと解されるが、これを円型機に使用する場合を考えるに、その機構上、カムは支軸を中心として回動することが不可能である旨主張する。しかしながら、右図面は、もとより設計図ではなく、発明の説明図にすぎず、その部分の寸法や角度も、これにより特定されるわけのものでないことはいうまでもないところであり、そこに、当該メリヤス編成機の山道についての特許請求の範囲の記載事項が明らかにされている以上、これを引用するに少しの妨げもなく、また、そこに示されたカムの構造をメリヤス編成機に適用する場合、どのように設計しても、原告主張のようにその実施が不可能であるものとは断じえないから、原告の右主張は採用できない。また、原告は、第一引用例のものにおいては、度目の調整が不可能であり、フルカーデイガン等の編成ができない旨およびこの種機械では、均整な編目の編物を編むためには、編目の大小によりカムの位置をいつたん決定した以上、カムの位置は絶対に移動させてはならないものであるにもかかわらず、第一引用例のカムはスプリングでこれを支承する機構になつているので、均整な編目の編物を編成しえない旨主張するが、右主張も採用しえないことは、前説示に徴し明らかである。

また、原告は、第二引用例は、工業用横式メリヤス編成機にかかるものであるから、各種の編物が編成できなくてはならないのに、単に袋物が編めるだけであり、工業用横式編機本来の使命であるゴム編み、両畦編み、片畦編みさえ編成できず、また、ジヤツクおよびジヤツクカムがないから浮かし編み等もできないので、実用性を欠く旨主張するが、第二引用例は、横式メリヤス編成機におけるカムの構造自体についての考案を記載し、その考案の技術内容が当業者に理解できる程度に明らかにされている以上、その考案事項と直接関係のない付随的事項は簡略に記載しあるいは省略しても、少しもさしつかえないものであるから、第二引用例の公報に、原告主張のような編物の編成ができるために必要なすべての構成にわたりメリヤス編成機の全体が記載されていないとしても、それは、むしろ当然のことであり、右考案にかかる技術事項を先行技術として引用することは(その引用部分自体の作用効果が本願発明のカム構造のそれと差異がないことは、前認定のとおりである。)、何らさしつかえのないところであり、これは、編機全体としての機能の問題にかかわるものでないから、原告の右主張は、当を得たものといえない。

なお、原告は、本願発明は、ジヤカード装置を用いるものに比し、構造がきわめて簡単であるにもかかわらず、右装置のあるものと同じ効果を収めうるから、十分発明を構成するものであるのに、審決がこの点に考慮を用いなかつたのは違法である旨主張する。しかしながら、本願発明のものにおいてジヤカード装置を用いた場合と同様な編物を編み出すことができるとしても、人の手によつて所要の編針を突き上げて編み出すものとジヤカード装置を用いて編成するものとが、すべての点において同一の効果を収めうるものでなく、おのずから家庭用編機と工業用編成機との差があることは当然であり、この差は、メリヤス編成機の技術の進歩発達の過程における当然の先後関係の範囲を出ず、したがつてまた、すでにジヤカード装置を用いた工業用編機の存する以上、ここに、家庭用編機における本願発明のカムの構造をもつて、特段の発明力を要するものとすることができないことはいうまでもない。

原告は、本願発明は原告の昭和二五年特許願第七八四三号特許出願にかかる発明の追加特許出願にかかるものであるから、本願発明の出願日は、右発明の出願日である昭和二五年六月一五日までさかのぼるべきであるとし、これを前提として本件審決の違法を主張するが、追加特許出願の日を原特許の出願日までさかのぼらせるべきものとする根拠は全く存しないから、原告の右主張は、その前提としたところにおいて、すでに理由がないものといわざるをえない。なお、原告は、本願発明と同一内容の後願にかかる発明または実用新案が登録されているから、本願発明は特許されるべきものである旨主張するが、そのような事実から、本願発明の特許性の有無を決しうべきものでないことはいうまでもないから、原告の右主張は、その後願発明等の内容について検討するまでもなく、理由がなく、また、新規な発明の存否は一つの発明ないし考案が前例として存するか否かによつて認定されるべきである旨の原告の主張もまた理由がないことも、多言を要しないところである。

以上のほか、原告は、前掲請求の原因の項記載のとおり主張するが、いずれもこれを採用しうべくもないことは、叙上説示に徴し明らかであるから、結局、本願発明をもつて第一引用例および第二引用例から容易に推考しうるものとした本件審決には、原告主張のような違法の点はないものといわざるをえない。

三 以上のとおり、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはないから、これを棄却する。

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